響く雨音と、のんびりした時間【コラム】

11月オープン予定ののこのこ書店です。

DIYは順調かつ、順調じゃなかったり。まあ、結構楽しい。です。

響く雨音と、のんびりした時間

雨の音を聴きながら、読書。
のんびりした時間は、どことなく素晴らしく、いい時間を過ごす。

眠たくなってきたらちょっとだけ昼寝をしよう。

肌寒くなってきた季節には、昼寝が良く似合う。

まあ、そんな感じの生活をたまにすると、とてもいい。
いいんだけど、これ、ほら、ここだけ書いたらさ、すっごく充実してる人みたい。

だけど実態は、もはやよれよれになったTシャツを着ながら、髭も剃っていない汚らしい恰好をして、その上、腹出したまま、朝から引きっぱなしの布団の上に寝ているだけ。

上澄みだけをすくってたら、とっても良く見えるのに。残念でならない。

大体のものはそうかもしれない。
上澄みと、ちょっと入り込んだ時と。変わってくるもの。
それなのに、表面的な「なにか」しか見ることなく過ごす人が多い。
多面的であり、多角的なのに、その事実を完全に無視しちゃう感じ。
その微妙なラインが良いのに。
強そうに見えている人が、弱く見えたりするのがいいのに。

「裏表ない人間」って良く評されるけど、裏表くらい人間だから合ってもいいじゃないの。
所かまわず悪口いう人や、良く知らない人を目に見えない場所でいじったりする人は好きじゃないけどね。

ためいきをついたら幸せって逃げるの?

良く、「ため息ついたら幸せにげるよ!」っていう。
そもそも、幸せを感じた時もため息って出ないかなあ。

僕、良くため息が出る。
最近は、美味しい!がすごい初めてのものを食べた時は、大体「はぁ・・・」って。
これって、幸せだからこそ出ているものじゃないかな。

幸せを感じるからこそ、大きなため息をついてしまう。

逃げていく幸せって何だろうか。
ため息一つで逃げるくらいなら、逃がしてあげればいいんじゃないか。

キャッチ&リリース。
幸せは、キャッチ&リリースしてあげたら、その分また大きくなって幸せを釣れるようになるような気がしている。

幸せってそんなもんな気がしているんだよね。

そもそも部活じゃない

キャッチ&リリースの話に続くんだけど。

「部活をやっていた人は、仕事ができる」
っていう話が好きじゃない。
まあ、部活なら僕は中学時代はそこそこ出来たんだけど。

それを評価する社会も、ちょっとわからなかったりする。

「部活のように、楽しく真剣に」という意味は分かる。

だけど、仕事は部活じゃない。
部活よりしんどいとか、もっと真剣に!とか。そういう意味じゃなく。

だって、三年で引退試合ないもん。
定年が65歳だったら、それまで続く。

勝って優勝したら終わりじゃないもん。

どれだけいい結果を出しても、明日も続いていく。
というか、毎日の積み重ねで結果が生まれるわけで。

そうおもったら部活と仕事がイコールになるとは、僕は思えないんだよ。
もちろん、ゼロではないだろうけど。

「先輩のしごきがすごくて~」という話をしてても、耐えられなかった人も見てきた。
人間、ストレスに耐性は付かないんじゃないかなあ。

あくまで心にかさぶたが出来て、生傷になっているだけで、痛みを感じにくいだけ、とか。

ストレス耐性ってもんは、本当につきにくいと思うんだよ。

だから、大概のことは、もう大丈夫っていうタイミングはいつまで経っても来ないだろう。

代わりに、それなりに図太くなってくるけどね。
生きてりゃ図太さと、少しの厚かましさがないとね。

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