なんとなしに、呼吸が浅くかんじるときは、深呼吸【コラム】

11月オープン予定ののこのこ書店です。
思ったよりも早くオープンできるかも。
しかし!何事も焦らないっていうのが大切です。冷静に、冷静に。

なんとなしに、呼吸が浅くかんじるときは、深呼吸

生きてれば、本当に色々なことがあったり、無かったり。

ネガティブな基本思考を持っているんだけど、ポジティブな面は持っていて、ネガティブよりのポジティブというか、ポジティブ寄りのネガティブというか、まあそんな感じ。
基本姿勢はクッソネガティブ。だけど、その分見えるものも多かったりしている。道に落ちている小石とか。下向いて歩いているからこそだよね。気づかない人がいてもいいし、いるからこそ道端の小石はなくなっていたりもするし。
人生は何かわからないけど、役割があるのであれば、人によって得手不得手はあってもいいだろうしね。

ポジティブなわけではないけど、前くらい向いていなかったらしんどくなっちゃうしね。適度に下向いて、適度に前向いて。出来なかったらできるように工夫すればいいし、誰かに頼ったらいいし。そんなもんだろう。世の中、そうやってグルグル回っている気がする。

例えば、この「のこのこ書店」もそうなればいいなっていう願いを込めている。
僕だけで、本を仕入れて本を紹介して、ってしてもしんどくなっちゃう。それよりも、アイデアを持って面白そうと思えることを、どんどん進めてくれるようなものに出来たらいいかな。楽しいを作っていくことは、このお店自体が大きな本屋さんになっていくようなモノだとも思う。

それでいい。そうあったら、いいなって思っている。

しんどくなったときに、深呼吸してみる。
大概、しんどくなるのは、自分自身の呼吸が浅くなっていることが多い。
「あ、しんど」と思ったら、ゆっくり呼吸してみたらいい。
思った以上に、色んな人が支えてくれているって気づける。この時間は大切にしたい。

手先が不器用で嫌になる

そんなこんなで、少しでも居心地の良い空間を作っていきたいと思っておいて。
DIYをしているんだけど、まあ、想像以上に手先が不器用な自分を知ってしまって、ビックリする。

まっすぐモノを切るっていうのが難しいことを知った。
何か塗るときに養生が本当に必要なんだって気が付いた。
腐った木を取り外すのって、難しいことに気が付いた。

手先は不器用だけど、知らなかった色々を知っていける。
この環境は嬉しい。思ったより早く完成しそうだけど、思ったより長くかかるかもしれない。
多分10月中旬には終わって、残りを作っていく感じかなあ。まだわからないけど。

そういえば昔から手先は器用な方ではなかった。
図工とかは、結構最下位だったし、美術は下手だったなあ。
努力もしてないから、センスがどうのこうのいうのはまた違った話なんだけど。

絵とか酷かったもんね。
芋ほりの絵とか描いたら、もう人間じゃなかった。
肩がね、直角になっていたのよ。直角に。
そんなことってある!?って思えるくらい。
超いかり肩な人間が出来上がる。デーモン小暮もびっくりなくらい。

そんな絵が描きたかったわけではないんだけどなあ。脳内のイメージでは、結構完璧な形が出来上がっていたはずなんだけどなあ。
ビックリだよ。

絵が描ける人はいいなあ

絵が描けるっていいなって思ったり。

コミュニケーションの一つとして、絵を使って色々出来たりする。
絵を生業にしている人も、そうでない人もうらやましい。

マンガとかわかりやすいもん。
Instagramも、ついつい漫画をフォローしちゃってる。わかりやすい。

先日、我がマガ友(漫画友達)と話していて、コミュニケーションの取り方、の話になった。

その人その人の最適解があるコミュニケーションの取り方がある。
僕の場合は文章を書くことだと思っている。

直接面と向かって話をしていても「あ、これ言えなかった」みたいなことがたまにあったりする。
その時のモヤモヤったるや!直接会ってやり取りするのは大切。僕もその時間はとっても好きで、大切にしている。
けれども、こうやって文章にして書いていく時間も大切にしている。

この「文章を書く」っていうのは、考えをなんとなく表に出していける貴重な時間で、この時間を使って考え方をまとめているのかもしれない。

いやカッコつけて言い過ぎたな。
実は、実際は口下手なだけ。口下手だから、上手く話そうとして外側を固めて固めてしてしまっているだけ。

中身はほんと、ただただ中年太りしてしまったおっさんだ。
なんだろうなあ。ほんと。お腹が出てきてヤダ。もう本当にヤダ。痩せたいって思うもん。痩せられない呪縛にとらわれている。(白ご飯、美味しい)

でも、なんとなく情けない自分を見せることに抵抗があったりして、ちょっとカッコつけちゃったりする。本当は、ただのなんてことのない自分を見られる恥ずかしさというか、はずかしめというか。

そんな自分がなんとなく嫌で、ちょっとでも抵抗してみたりするけど、無意味なんだなって思っている。人として、どうのこうのっていうのは、それだけである。
まあ、それも認めてあげて、なんだかんだが一番いい気がするんだよなあ。

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