いびつに歪んだギブ&テイクの関係

SNS。ことTwitter界に比較的どっぷり肩までつかっている。
そうはいっても、たまに嫌になるんだけどね。SNS全般的に。デジタルデトックスとはよくいったもので、スマホを操作しているのか、それともスマホに支配されているのか。おえらいさん方はきっとぼくのような末端の人間の行動心理くらい読み切っているような気がする。
やっぱり、スマホに支配されているのだろう。

イングランドのバンド、オアシスは労働者階級のヒーローだったそうな。ワーキングクラスヒーロー。ぼくもきっとそうなのだろう。それでいい。

SNSの世界はどことなくいびつな関係性を呈しているときが多い。

とくに「ギブ&テイク」の関係性に強くそのいびつさを感じる。
なにがおかしいか。そう、おかえしを期待しているあたりが、なんとなく違っている。

ぼくの場合は、なにかものをプレゼントしたりするとき、お返しに関しては一切期待しない。別にほしいとも思わないし、なくていい。喜んでくれた顔がさ、一番。そんな臭いセリフだって恥ずかしがることなく言える。むしろ堂々と胸はって言える。普通がどうか、なんてそんな話がしたわけじゃないよ。でも少なくともぼくはその関係性が居心地いい。だから僕の周りの方はそんな人が多い。
これは自分が選択してきたからかも知れないけど。

それを「ギブ&テイク」という関係性にしてくるからへんな話になってくる。
例えば「フォローやいいねをしてほしいのであれば、いいねをしよう」みたいな。
もっといえば「ギブアンドギブがいいよ」みたいな。知らんやん。ギブってなんやねん。お返しを求めている時点で、それは違うんじゃないか。
なんとなく、ぼくはその言葉に違和感をいつも覚える。

例えば、今日、僕は電車で席を譲った。
開く補助席と開かない補助席があったんだけどね、僕は開く補助席に座っていた。
隣の女性が補助席を開けられずに困っていた。
「開けますよ」そう伝えると女性は気まずそうに「いや、大丈夫ですよ」と声にならないくらいの声を掛けてくれる。そうはいっても、もうここまで声掛けたら気まずい。何度か開けてみたけどやはり開かない。
「じゃあ、こっちの補助席に座ってください。僕は別のところへいくので。」
そう伝え、車両を変える。女性が座ったかどうかなんてわからないけど、それでいいそれくらいがいい。別に見返りになにかほしいとか一切思わないし、そもそも顔もちゃんと見てないから覚えていないし。向こうもきっとそう。でも「電車で座れたから少し良い日だったな」と思ってくれたら、僕は嬉しい。それだけでぼくも良い日になる。
これがまるでぼくのようなおっさんだったら席を譲ったか。否。そんなことはない。

そうおもったら、まあやっぱり人生顔なのかも知れないな。
薄くなった生え際を軽く触れながら、なんともいえない気持ちで文章を書く。

髪は薄くなるし、足は臭くなるし、ちょっとだけ加齢臭もしてきている気がする。
おっさんになるって、こういうことなのかもしれない。
いや、分からんけどさ。おっさん初級だから。

とにかく、お返し、見返り、なんか他のそういったなにかを求めてする行為ははたして本当にギブなの?って。

そんなぼくだけど、唯一あるのは、褒めてほしいと思ってやっている。下心はそれだけ。電車の席譲るとか、重そうな荷物持ってあげるとか、そういった世間に褒められることをやったときはうざったいくらいにアピールしちゃいたい。なんでかって?褒めてほしいからに決まっている。
せっかくだから褒めてくれたらそれだけで満足なのだ。

なんだかんだ、そのひとじゃないところからのお返しを欲しがっているのかも知れない。

結局ギブアンドテイクの螺旋からは逃げられないのかも知れないな。

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